私の思い

私の思い

部活動に明け暮れた学生時代

 

生まれは新潟で、小・中・高と部活動にあけくれた学生生活を送っていました。

小・中はバスケットボール部、高校はハンドボール部でした。

今のこの仕事を目指すきっかけもやはり部活でした。

 

成長期にあたる、小~中学生のときに、部活中に膝が痛くなりだしました。

 

でも、部活を休めば、試合に出してもらえなくなるんじゃないかと思い、我慢して練習を続けていたら、膝の成長痛がどんどんひどくなり、

最後は、はくり骨折になってしまい、運動禁止、病院でのリハビリが始まりました。この時はかなり落ち込みました。

 

そんな心も体もボロボロの状態だったときに親身になってリハビリを行ってくれた先生にあこがれ、

いつか自分もリハビリの先生になりたいと思うようになりました。

(当時は、リハビリの先生がなんの資格かも分からなかったですが)

 

なんとか中学生の頃から目標がぶれず、高校卒業後、リハビリの先生(理学療法士)ではないですが、

鍼灸師の資格を取れる専門学校に入学、無事資格を取ることができました。

 

資格を取得、いざ就職へ!

 

埼玉の鍼灸接骨院に就職し、8年間多くの経験を積みました。

朝は7時から働き、昼休みを利用し、柔道整復師の資格を取りに専門学校へ通い、

夜は23時まで働く日々を3年間続けました。

 

この時が一番つらかったですが、患者様の「良くなった、ありがとう。」の言葉をたくさんいただけるようになり、

成長を自分でも感じることのできた充実した3年間でした。

 

その後は、院長として店舗を任され多くの患者様を施術し、経験・知識共に高めて参りました。

 

そんななか祖父が手術・・・

 

埼玉に就職して間もない頃、祖父は首の【脊柱管狭窄症】と診断され手術を受けました。

手の痺れや痛みに悩み手術に踏み切ったそうです。

 

実際、手術を受けた後も、手の痺れや痛みは改善することなく、逆に寝て過ごすことが多くなり、筋力は衰え、

自転車でどこにでも出かけていた姿は見ることはできなくなったそうです。

 

離れて生活をしていたからなのか、心配をかけたくなかったのか、手術を受ける前に相談を受けることはありませんでした。

 

実際、何年間も会う時間も作らず、祖父も私に脊柱管狭窄症の知識があることも知らなかったでしょう。今は後悔の思いしかありません。

 

このことがきっかけでいつか新潟に帰り開業したいという思いが芽生えました。

 

開業の決意

 

もし開業するなら祖父と同じように神経痛やしびれで悩んで知る方、手術をしてもよくなるのか不安、

できることなら手術をせずに改善させたいと思っている方の役に立ちたいと思い、

多くのセミナーや勉強会に参加し、がむしゃらに技術や知識を習得してきました。

 

その結果、埼玉で勤務していた際にも同じような悩みを抱えていた多くの方を改善に導くことが出来るようになっていました。

 

開業と祖父との別れ

 

いざ、新潟で開業し番号1番の診察券も祖父に作り準備をしていましたが、もう施術を受けにくる体力もなく治療院に来ることは一度もありませんでした。

 

時間がある時は施術をしに祖父の家に行ったりもしましたが、ありがたいことに治療院は多くの患者様に来ていただき忙しくあまり行くこともできませんでした。

 

そして、開業し一年も経たず祖父は亡くなりました。

 

もし、手術を受ける前に私の施術を受けてもらえていたら、

せめて相談だけでも受けてアドバイスできていたら、

たとえ手術を受けたとしてもリハビリやアフターケアできていたら、

 

 

 

多くの後悔がありました。

 

悔やんでも悔やみきれない気持ちです。

 

私の目標

 

今の私は経験や知識、技術があります。

 

祖父と同じように不安な日々を過ごし、どうしていいかわからず勧められるがまま手術を受け、

症状の改善もせずつらい生活を送っている方にやりたいことをやれる、なりたいものになれる、そんな喜びを提供して

新潟で一番患者様が喜んでくれる治療院を作っていきます。

 

そしてその喜びを家族のように一緒に喜び合うのが私の目標です。

 

 

今では実際に患者様からお喜びの声や口コミサイトにも多くのお喜びの投稿をしていただき、少しずつではありますが目標に向かってすすむことが出来ています。

 

 

これを読んでくれているあなたも「今の悩みや不安がなくなったらやりたいことがある!」と思っているならすぐにご連絡ください。

 

 

私はあなたの悩み、不安に全力で応える準備をして待っています。

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